私の長い自己紹介

幼少期

小さい頃から鼻水を垂らし、色んなところで傷をつくってくる。大人になった私が見てもあまり可愛くない赤ん坊だったと思います。笑 

一家の次男坊として生まれ、姉👧と兄👦がおり、いつもその二人が怒られているのを見て、怒られないように上手く大人たちの間で、立ち回ることの大事さを学んでいきました。末っ子らしく生きました笑

活発な子供だったので、よく池に落ちたり、行方不明になったり、話を聞くとよく生きてたなって出来事もよくあります。

池の周りを自転車で一周するみたいな遊園地で、坂を登れずそのまま、池に落下。

泳いで助けを求めました。

スキーに行ったら目を離した隙に、コースから落ちていったこともありました。当時父は、死んだと思ったそうです笑

いつも回りが怒られそうなことをしてる時はさりげなーく場から離れたりしました。

小学生

小学生の頃は勉強もでき、スポーツもできるいわゆるクラスの中心のような子だった思います。

ただ字は本当に汚かったです。今でも汚いのですが、ここからずっと汚いのです。勉強は好きでしたが字だけはうまくならず。。

なにか始めようと思い、兄がしていたサッカーを始めました。夢中でボールを追いかけました。

地元のチームで楽しくやっていたのですが、高学年になると転機が!

なんと市の選抜への話が出たんです。これは子供ながらにうれしかったです。今まで見たことのないうまい選手とサッカーができるんだなって。

初めて今まで関わらなかった人たちと関わるようになったのも、ここが初めてかも知れません。

中学生

中学生になり、最初は勉強もそこそこできました。スポーツは学年一位。特にできたのは英語でその頃から海外への憧れが強かったと思います。

そこそこいろんな事が出来て、調子に乗ってました。正に中二病です。

地元のクラブチームに入り、各大会で優勝したり、大会の優秀選手に選ばれたりもしました。

そしてそこではまさかの県の選抜にまで選ばれ、いろいろな有名高校からスカウトもいただきました。推薦で高校に行くことが決まってましたので成績は落ちる一方。

そして今思えば、ここがサッカー人生のピーク⚽。

高校生

進学したのは全国でも名門といわれるサッカー強豪校

期待に胸を弾ませ、入学したもののあまりのレベルの高さに驚愕。練習の厳しさに吐く。

100人近くいる部員の中、私の所属チームは一番下。これは心が折れました。中学時代は調子に乗っていましたから。

世代別日本代表経験者でもメンバーに入れないような高校。メンバーに選ばれない人もみんなとってもうまい。全員が全国から呼ばれているような選手でしたから。

負けじと三年間頑張りました!最終的にはトップチームでは試合には出れず、一度ベンチ入りを果たしただけでした。(これを言うとよくあの高校でベンチに入れたねなんて言われます。プチ自慢)

最終的な私の代の成績は全国ベスト4

今でも監督が言った言葉で心に残っているのは「グローバルスタンダード」という言葉です。

世界基準でものを考えようという事なのですが、世界に通用する人材になっていかなくてはいけないと高校の頃からよく言われており、これは私も今でも考え方の軸になっています。

今ではよくあんなことしてたなと思うぐらい辛い練習もあり、今でもあの時を思い出せばあれよりはつらくないと思えることばかりです笑

食事もトレーニング。ものすごい量を食べました。一日どんぶり10杯。腹が減る時間はありませんでした笑 

初めての彼女もできました。青春です。

大学生

大学では、サッカーをせず地元を離れ一人暮らし。たくさんの面で両親にサポートしてもらっていたんだなと親元を離れて思いました。

知らない土地で一人でいるととてもつまらなく、学校に行きアルバイトをする。これがキャンパスライフなのかと、描いていたものとは違いました。

アメリカにも4か月ほど留学しました、世界の人たちとの考え方の違いや、異文化。様々なものに触れ、みんな育ってきた環境で大きく人は変わるものだと思いました。

また差別も経験し、やはり黄色人種というものに対しアメリカではこういう対応をする人たちもたくさんいるんだなと驚かされました。

一つに小さな基準ではなく、大きく世界基準で物事を考えていくことも必要なんだと、新たに学びを得ました。

2年次の後半、家の事情で急遽大学を辞めることに。

家の経済状況が一気に傾いたんです。

今までとは違う貧相な暮らしに少しなりました。今までとても強く感じていた父の背中が寂しそうな背中になったのを今でも覚えています。

今ではその辛い時期をみんなで乗り越えたおかげもあって、家族とても仲良くしています!

その後一人暮らしを辞め、大学を辞め、地元の公立大学に編入しすることができました。これはほんとよかった。今でも運がよかったと思う。

社会人

地元の企業に就職。しっかり働いて仕事のできる人間になろうと気持ちは高ぶっていましたが、入社した会社はよく言うブラック企業。正に朝から晩まで働いてました。平均睡眠時間も3時間ほど。

そんなのやってられるか!と思い、周りの方に相談。

甘い言葉に誘われ転職。

入社した一日目に専務に「この会社もう潰れるで

まさかでした。社長のうまい話に乗せられ、入社したもののほとんど仕事もなく3か月程度で潰れました。よく入れようと思ったなと思います。

ですがこの経験も今では役に立っており、組織の壊れる時っていうのはこういうことが起こるのかとか、人間関係を大事にしないとこういう風になるんだなと、とても勉強になりました。

その後いきなりそんな状況になり、尚且つ次は失敗できないとの思いもあったので、なかなか就職先も見つからず日雇いのバイトをしていました。

建設現場、清掃なども経験し道端でご飯を食べることもよくありました。弁当とカップラーメンのセットはたまりません。

そんな中、家の経済状態が戻り、家族で老人ホーム経営をしようとなり、病院で施設をしている知り合いの病院に就職。

だがまた、見当はずれ。今の時期に施設を立てても、これから10数年たてば老人は少なくなるし、働き手もいないとのことで全くお勧めしないとの事。

当時は補助金等がたくさんあったためそのタイミングで始められるならよかったみたい。

自分のリサーチ不足を恥じます。同時に情報の重要性も学びました。


そして今ではいろいろなお誘いの中、法人の代表の秘書をしています。

毎日が勉強になることばかりで、色々なことを勉強できています。投資をはじめ、ブログも始めることも出来ました。

まずは色々調べることの重要性なども感じています。

新たなスタートがたくさんできるところに、就職でき毎日をとても楽しく過ごしています。自分の経験したことが少しでも役に立てばと思い色々書かせていただきます。

好きなもの、興味があるもの

サッカー/フットサル/ベーグル/お酒/ウイスキー/居酒屋巡り(古くからやってるような少し汚いぐらいの所が好き)/海外旅行/温泉/美味しい物/抹茶の味のお菓子とかアイス/野菜作り/漬物/蕎麦/読書/Apple製品/米国株/最新テクノロジー/掃除

嫌いなもの、苦手なもの

生臭い食べ物/でかめの虫/トンネルの運転/物を使った競技/距離感のわからない人/時間を守らない人

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